不登校のおうちじかん

学校へ行かないことを選択したこどもと暮らす

不登校親の気持ち。不登校を受け入れる①ダメじゃなかった


自分を知ること

 中学生のわが子が不登校になって、もう、どうにも不安で、
支援者がやってらっしゃる不登校親のサークルに入りました。

 そこで学んだことは、
「他者受容の前に、自己受容」
「まず、自分を受け入れてから、ありのままの子どもを受け入れる」
「順番は、必ず、自分が先」
ということでした。

そして、
「自己受容は、自己理解からスタート」

 というわけで、
自分を知ることを始めました。

 それでわかったことは、
私には「なんか自分はズレてる。なんか風変わりでダメだ」という考えがあること。
そして、「そのダメな自分は、バレないように隠さなきゃいけない」と思っている、ってこと。
 これまで、いつのころからか、何かあると引っ込む、隠れる、という生き方をしてきて、自分の表現を押し込めてきているんだ、、と、気が付きました。

ダメな親

 そしてそして、
わが子の不登校は、自分が、ダメな親だと言われている気分だったのです。
 だから、痛い。
 私はダメだと隠したい。けれど、自分ではどうすることもできない。
 もう隠せない。
 痛い。

 さらに、小学生の弟まで、不登校
 もうね、完全にダメな母親になった気分でした。

 ただ、私は人のことは受け入れやすい。
 自分以外はダメと思っていない。
 だから、子どもたちの様子を見ながら、こうしたらエネルギー下がる、これは元気が出るなど、そこは冷静に、日々の様子を観察していました。

 そして、日を追うごとにゆっくりゆっくり変化してく子どもたちを見て、この方向であってる。常識と言われることとは違うことしてるけど、たぶんこれであってる。と、思っていました。

ダメじゃなかった

 私の心の師匠は、由佐美加子さんと水島広子さんなのですが、本や動画を見ながら自分と向き合っているうちに、気持ちが変化していきました。

 これでいい。
 ありのままの私でいい。
 ダメでもいい。
 ダメな親でもいい。

 ダメじゃないと決める。
 完全な人などそもそも存在しない。
 このままでいい。
 このままで、でていけばいい。

 メンタルが落ち着かないときもあるけど、おおむね自分を肯定できるようになってきた。
 不登校についてもいろんな進路や、高校選びを知り、どこにも所属しない期間さえもありだと思えるようになった。
 人生100年時代を生きる子どもたちが、そんなに生き急がなくてもいいような気がしてきた。
 好きなことして、強みを生かして、生きていく選択肢がアリだとおもうようになった。

 と、
 そんなこんなで、

 私はダメじゃないかもしれない。
 私はダメな親ではない。

と思うに至りました。

 (わが子に関しては、ダメと思ったことが、そもそもない)

 「不登校を受け入れる」というより、
「わが子と不登校をともに生きる」という感じがしっくり来ている現在です。

長男との関係

 私は、話すより書く方が得意で、ゆっくり思考型なんですね。
 一方、長男は頭の回転が速い。
 成長してからは、
「もう~、お母さん。大丈夫~?」みたいなことを言われるようなっていて。

 私の中では、ダメって言われるのはとても痛くて、長男に論破しかけてたんですが、(関係は悪化します)
 ダメじゃない、ダメでもいいって思えてから、長男との関係がよくなりました。

 まず、ダメと言われる痛みが減った。

 今日は、一緒に換気扇の大掃除してたんですが、
「もう、お母さん、、、、」て言われても、
「大丈夫よ~。こんな出来なかったら、周りが助けてくれるから。どうにかなるから。心配いらないよ~。」と、答えていました(笑)。